横浜市教育委員会の懲戒処分取り消しへの対応から思い出す、川崎市教育委員会の対応。間違える行政。間違いを認めない行政。謝らない行政。
横浜市の教員が体罰の疑いで横浜市教育委員会から懲戒処分を受けていた件で、人事委員会が被処分者の審査請求を受け審査した結果、このほどその処分の取り消しを裁決したという。
元・横浜学校労働者組合(横校労)委員長の赤田圭亮さんがブログに書かれていて、知ったところだ。
そのブログでも引用されているが、横浜市教育委員会事務局による記者発表に掲載されている、人事委員会採決の骨子は次のようなものだった。
1 裁決の骨子
(1) 処分者は、本件審査請求手続において、処分対象行為の存在を認めるに足りる証拠等を提示しているとはいい難い。
(2) 体罰に関する報告書の作成に際しても、請求者の確認を十分に求めたかどうか疑義がある。
(3) 事案発生時に現場の近くにいた児童への聞き取りにおいて、合理的理由なく、児童1人のみを対象とし、他の2人から聞き取りをしていない。
(4) 請求者についても、その主張には正確性に疑義があるが、本件にあっては、処分対象行為が行われたという事実の存在を認めることはできない。
よって、本件処分は、その前提を欠くものとして違法と判断すべきであり、取消しを免れ得ない。
赤田さんはブログでこれを引いて、以下のように解説している。
(1)処分対象行為(体罰)の存在を認める証拠が提示されていない。
つまり証拠がないのに体罰と認定したということ。杜撰。
(2)体罰報告書の作成時に請求者(当該教諭)に十分確認していない。
これは、処分の根拠となる体罰報告書の中身を本人にちゃんと確認しないまま見切り発車したか、それとも報告書の内容に本人が納得していない、体罰に対して否認していたということだ。杜撰、偏見。
(3)聞き取り調査で1人からだけ聴き取りして、2人からは聴いていない。
よくあることである。立証に必要な証言のみをとりあげて、いびつな事実を作り上げる。杜撰、偏見。
(4)請求者に主張にも疑義があるが、それでも体罰があったとは言えない。
いろいろあるけどやっぱり認められないという断固たる判断。
全く同感。「処分ありき」としか思えない横浜市教育委員会のずさん極まる対応にはあきれるばかりだ。
おおかた、処分に至る経緯が外部(教育委員会外)の審査にさらされることなど起こりはしない、とタカをくくっていたのだろう。
しかしそれにもまして醜悪なのは、不当処分を行ったと人事委員会から断罪されながらもなお、マスコミに向けて「調査が不十分だったという採決であり、体罰があったという判断が誤っていたとの認識はない」と強弁したことだ。それでいて、「再調査の予定はない」という。
既定認識への根拠なき固執である。再審無罪が決まった元被告人を指して「それでもあいつが犯人」と言い続ける警察・検察がいるらしいが、横浜市教育委員会も同類らしい。
そんなことだから当然、不当処分を行ったことに対する反省や謝罪の弁は一切見られない。杜撰・偏見・決めつけ・固執に終始して、ひとりの労働者に対して実に4年間にわたって「被処分者」として扱ってきておきながら。
懲戒処分とはずいぶん程度は違うのだが、川崎市教育委員会も昨年、長らく取ってきた組合対応の誤りを川崎市人事委員会から指摘されている。
発端は、私の所属する労働組合・学校事務職員労働組合神奈川川崎支部が、人事異動基準に関する労使交渉を求めたのに対して、川崎市教育委員会が「管理運営事項であり交渉事項ではない」と主張し交渉拒否を続けてきたことだ。紆余曲折を経てやむ無く人事委員会に対して措置要求を行ったところ、教育委員会の主張はしりぞけられ「交渉事項である」とする判定が出された。
1年半近くにわたった交渉拒否。それはそれだけの期間、私たちの組合の正当な権利を不法に阻害・簒奪してきたことを意味する。悪意ならもちろん、純粋に法解釈の誤りであったとしても、それについて謝罪するのが当然であった。
しかし、川崎市教育委員会はついに明確な謝罪を行わなかった。そしてその後も今に至るまで、交渉には応じつつも事あるごとにこういうことを口走る。
「我々としては、交渉事項ではないと判断したことは誤りだとは思っていないが、人事委員会の判定を尊重する立場から交渉には応じていく」
話戻って、横浜市教育委員会の記者発表。教育長コメントはこうある。
教育委員会の主張が認められなかったことについては遺憾ですが、人事委員会の採決を踏まえ、適正に対処してまいります。
そっくりだ。
赤田さんはこう書いている。
「行政は間違える」「行政は間違いを認めない」
横浜市教委に限った話ではない。残念ながら、いまは。