賃金改善は「嵩上げ」ではなく「底上げ」で~行政職給料表構造下での昇任による賃金改善は労働者全体のものとはなり得ない~
様々な事情から、ひとつの事業体の中に複数の労働組合が併存しそして対抗関係にあることは、珍しくありません。
私が所属する学労川崎で言えば、義務制学校事務職員という組織対象が川教組(日教組)と重なっており、組合員の獲得という点においてもそれ以外の様々な課題に対する認識においても、対抗関係になります。
とはいえどんな労働組合であっても、その目標に「賃金改善」を掲げないところはおそらくないでしょう。
それでは、その一点ではそうした併存組合でも共闘できるのでしょうか。
例えば神奈川県職では、県職労(自治労連)と自治労県職労(自治労)が分裂・併存・対抗関係にありますが、賃金確定交渉にあたってはこの2組合は神教組等と一体で「県労連」を構成して当局に相対しています。横浜市職でも同様の状況があります。
私にしてみればよくわからないありようではありますが、そうした例もあるということです。
確かに、基本給や夏冬の特別給の水準を云々する範囲内においては、可能なのかもしれません。
しかし、単に「基本給を上げろ」「一時金を上げろ」という話ならともかく、もっと本質的な賃金改善の考え方に移行すれば、組合間の姿勢の違いは大きくなるのではないでしょうか。
最近そのことを強く感じたのは、8月に開催された日教組全国学校事務研究集会においてなされた、日教組事務職員部長であった野川孝三氏の講演「事務職員の地位向上・賃金改善・定数拡充の手法、職務との関係・在り方について」の報告を目にしたことでした。
川教組事務職員部ニュースに掲載されたその報告によれば野川氏は、
○事務職員の給与は行政職給料表に位置づいており、免許制に担保された専門職である教育職の通し号給1職1級制とは異なる。
○行政職給料表はピラミッドが原則なので、上を高く(級を上げる)してすそ野を広げて若手・中堅層も早期に級を上げていくことが重要。
○「責任の度」により給与は決まり、級を上げるためには「事務組織」と上位級者への「職務権限」を付与することが必要。
○共同学校事務室を活用して事務組織を作ること、上位級者に新たな職務権限を付与することが求められる。
といったことを講演されたとしています。
行政職給料表のピラミッド構造を前提として、その中で学校事務職員の上位級者の級格付けを「嵩上げ」することで、全体の昇任も早まり賃金改善が図られる、という考え方です。
学校事務職が行政職給料表に位置付けられていることも、行政職給料表の構造がそうしたものであることも、上位級には相応の職務付与が伴うことが原則であることも、事実として否定はしません。
しかし私は、この野川理論のもとで学校事務職の賃金改善が進められることは、全体のためにはならないと考えています。
そもそも「事務組織でさらなる上位級獲得を」という運動は日教組がずっと続けてきたものですが、現実の成果はほとんど耳にしませんし、当の日教組も上位級獲得どころか、今や別の場面では「事務組織をやらなければ生き残れない」と脅し文句じみた焦りの言葉を吐露するような状況にあります。つまり、破綻した論理なのです。
しかしそうしたことより、「嵩上げ」による賃金改善という考え方そのものに対して、労働運動上の理念として大きな疑問を感じています。
ひとつめには、上位級に格付けられたり若年・中堅であっても早期に昇任することが、果たして全体に等しくいきわたるのか。行政職給料表のピラミッド構造、そして級と職務の紐づけ、このふたつを是認する限りにおいては、嵩上げの恩恵に浴する一部とそうではない多数への分断が生じる可能性が高いのではないでしょうか。
ふたつめには、労働組合にとって賃金改善は重要な取り組みですが労働条件は賃金だけではありません。「事務組織」や「職務権限」が、過重業務や職場環境の悪化、ハラスメントや上意下達的風土を生み出すことがないか、考えるべきです。そもそも労働組合の側が、当局の労務管理の手段である指揮命令関係の重層化を求めることは妥当なのでしょうか。
みっつめには、この賃金改善理論は臨時的任用職員をはじめとする有期雇用労働者にはまったく当てはまらないということです。臨時的任用職員の賃金は現行制度上では任用の都度に初任給決定により算定されており、ピラミッド構造下の嵩上げもそれによって平がるすそ野にも、かすりもしません。全学労連が文科省資料から分析した調べによれば、全国の学校事務職員のうち常勤(いわゆる「正規雇用」)職員は8割ちょっとであり、2割近くは臨時的任用職員と再任用職員等が占めています。決して無視してはならないだけの人数層を形成しています。
特に最後の点は重要です。
このことは単に臨時的任用職員の当事者にとってだけの話ではなく、学校事務職全体、そして労働者全体の賃金の問題につながる事柄だと、考えているからです。
社会の労働者全体の賃金・労働条件改善と自身のそれとを、一体で捉えて前進を目指すのがあるべき労働運動の姿ではないでしょうか。
だからこそ、企業別労組であっても産別や地域共闘やナショナルセンターを通して、他の労組と連帯を結びます。日教組だってそれは同じであるはずです。
そして、それにあたって求められるのは「底上げ」ではないでしょうか。
個々の企業で賃金構造は異なります。嵩上げが有効な場合もあるのかもしれません。
野川理論は地方公務員法と行政職給料表という枠組みの中で、賃金改善への道を展望しています。
私もこれが、賃金改善の一面として機能する可能性があることは否定しません。
(実態がついてきていないことは先述のとおりですが)
しかし、少なくとも労働運動の賃金改善に対する基本姿勢は、「嵩上げ」ではなく「底上げ」であるべきだと考えます。
これまでの学労の運動もそうしたものでありましたし、これからもそうあり続けたいと考えます。